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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)399号 判決 1989年9月25日

原告(反訴被告) 伊藤萬株式会社

右代表者代表取締役 多田昭三

右訴訟代理人弁護士 河合弘之

同 竹内康二

同 西村國彦

同 井上智治

同 栗宇一樹

同 堀裕一

同 青木秀茂

同 安田修

同 長尾節之

被告(反訴原告) 昭光通商株式会社

右代表者代表取締役 渡邉恒久

右訴訟代理人弁護士 成富安信

同 高橋英一

同 中山慈夫

同 八代徹也

同 高見之雄

同 長尾充

右訴訟復代理人弁護士 吉原省三

同 小松勉

同 合谷幸男

主文

一  原告(反訴被告)の請求を棄却する。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金一億三八〇六万五五八六円及びこれに対する昭和六〇年六月一日から支払済みまで日歩五銭の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ全部原告(反訴被告)の負担とする。

四  この判決の第二項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  原告と被告との間において、別紙請求債権目録記載の債権の存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  主文第一項同旨

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  主文第二項同旨

2  訴訟費用は反訴被告の負担とする。

3  仮執行宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  反訴原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴請求)

一  請求原因

1 被告(反訴原告。以下単に「被告」という。)は、原告(反訴被告。以下単に「被告」という。)に対し、別紙請求債権目録記載の債権(以下「本件代金債権」という。)を有すると主張している。

2 よって、原告は、被告との間で右債権が存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する答弁

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2は争う。

三  抗弁

1(一) 被告は、訴外株式会社ニットーエンタープライズ(以下「エンター」という。)の媒介により、訴外日東交易株式会社(以下「日東交易」という。)との間で、売主を被告、買主を原告として、左記(1)、(2)のとおり、石油製品売買契約(以下、それぞれ「本件第一契約」、「本件第二契約」という。)を締結した。

(1) 成約日 昭和六〇年三月六日

品名 C重油サルファー二・五

数量 二〇〇〇キロリットル

単価 四万六一〇〇円(キロリットル当たり)

弁済期 昭和六〇年五月三一日

(2) 成約日 昭和六〇年三月一八日

品名 C重油サルファー二・五

数量 一〇〇〇キロリットル

単価 四万五七〇〇円(キロリットル当たり)

弁済期 昭和六〇年五月三一日

(二) 本件各売買契約の締結に際し、日東交易は、エンターを介し、被告に対し、同契約が原告のためにするものであることを示した。

2 原告の燃料部長和田充弘(以下「和田」という。)は、日東交易の代表取締役藤井洋(以下「藤井」という。)に対し、昭和六〇年二月頃までに、本件各売買契約締結に関し原告を代理する権限を与えていた。

3 前1項のC重油の実際の船積数量は、(1)が二〇〇三・五八二キロリットル、(2)が一〇〇〇・〇一〇キロリットルであるから、確定代金額は、本件第一契約が九二三六万五一二九円、本件第二契約が四五七〇万〇四五七円となり、両契約の合計で一億三八〇六万五五八六円となる。

4 なお、被告は、次のとおり、本件各契約成約の事実について原告から確認を取っている。

(一) 被告のガス石油部需給課長小室和憲(以下「小室」という。)は、昭和六〇年三月八日、本件第一契約に基づきC重油一〇〇〇キロリットルを引き渡すに先立ち、原告燃料部員担当小林徳孝(以下「小林」という。)に電話連絡し、引渡しの確認を求めたところ、「間違いない。」との回答を得た。

(二) 小室は、本件各契約の取引完了後である同年四月二日頃、小林に本件各契約の代金請求について確認を求めたところ、了解済みとの回答を得た。

5 よって、被告は、原告に対し、一億三八〇六万五五八六円の本件代金債権を有する。

四  抗弁に対する認否

1 請求原因1の事実は知らない。

2 同2の事実は否認する。

原告が日東交易らを代理店もしくは代理人あるいは媒介者として指定した事実はない。

原告は、日東交易に対し、昭和五九年七月、素貸限度一億円、回り手形限度一億円の与信を供与し、代表者の連帯保証を徴求して売買取引を開始したが、同社は、取引開始後、常時右与信限度額を使い切っていた状況にあった。

しかるところ、藤井は、昭和六〇年一月八日、和田及び原告燃料部燃料第二課長鎌田正道(以下「鎌田」という。)に対し、日東交易を買主とし、第三者を売主とする既に引渡しを完了した石油製品の取引について、「原告が事後介入することによって成立すべき、原告と日東交易との間の売買契約の売買代金相当額を、日東交易が原告に前金として支払うことを条件として」、原告が右取引に介入し、第三者を売主とし、原告を買主とする売買契約及び原告を売主とし、日東交易を買主とする売買契約を締結させる旨の介入取引をして欲しいとの依頼をした。右取引は、原告にとって日東交易に対する与信が発生しないものであるので、和田及び鎌田は、原告東京審査部に報告のうえ、右取引の依頼を承諾した(なお、原告が主張するこの取引形態を、以下「現金入金後事故介入取引」という。)。

原告は、同年一月一六日から同年四月一二日まで、日東交易から適宜現金の振込送金を受け、右送金額に対応した介入取引を依頼され、その都度同社との間で介入取引を締結した。かかる現金入金後事後介入取引の実績は、昭和六〇年三月度には約二九億円に及んだ。

本件各契約について、日東交易とC重油の仕入先との内部では原告を買主として処理されているようであるが、原告は何ら関知していないものであり、原告の事後的な介入がない限り売買契約は成立しないことは明らかである。

被告は、原告の承諾の意思表示が不要な代理構成によって売買契約の成立を主張しているが、与信設定後たかだか数か月しか経ていない販売先を原告の代理店として指定したり、その代表者を代理人として指定すること自体あり得るはずもない。

3 同3の事実は否認する。

4 同4の事実は否認する。

ちなみに、昭和六〇年三月下旬、小室から小林に一度だけ電話があったが、その内容は「伊藤萬は昭光から仕入れをすることができるだろうか。」というものであった。小林は「分からないので後から返事をする。」と返答したが、その後小室に対して連絡をしていない。当時被告の石油部門はいわゆる魚ころがしでトラブルが発生しており、原告は被告からの仕入を含む取引全体について承諾の返事などするはずもなかった。

5 同5は争う。

五  再抗弁

原告は、被告が本件第一契約及び本件第二契約に基づくC重油の引渡しがあるまで、本件売買代金の支払を拒絶する。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁は争う。

七  再々抗弁

被告は、原告の商品受渡事務を代行していた日東交易の指示に従い、本件第一契約によるC重油については、別紙引渡目録記載のとおり、昭和六〇年三月一一日から同月三〇日までの間に三回に分割して訴外コスモ石油株式会社四日市製油所において日東交易指定の船舶に荷積して、合計二〇〇三・五八二キロリットルを、本件第二契約によるC重油については別紙引渡目録記載のとおり同月二五日訴外ゼネラル石油株式会社堺製油所において日東交易指定の船舶に荷積して一〇〇〇・〇一〇キロリットルを、それぞれ原告に引き渡し、原告はこれを受領した。

八  再々抗弁に対する認否

否認する。

(反訴請求)

一  請求原因

1 本訴請求の抗弁1ないし4に同じ。

2 原・被告間の石油製品取引では、従前から売買代金債務の遅延損害金を日歩五銭とする約定であり、本件各売買契約も同様の取引条件で成約を行った。

3 よって、被告は、原告に対し、本件第一、第二契約に基づく売買代金一億三八〇六万五五八六円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和六〇年六月一日から支払済みまで約定の日歩五銭の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1に対する認否は本訴請求の抗弁1ないし4に対する認否に同じ。

2 同2の事実は否認する。

3 同3は争う。

三  抗弁

本訴請求の再抗弁に同じ。

四  抗弁に対する認否

本訴請求の再々抗弁に対する認否に同じ。

五  再抗弁

本訴請求の再々抗弁に同じ。

六  再抗弁に対する認否

本訴請求の再々抗弁に対する認否に同じ。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴請求について

一  被告の本件代金債権の存在の主張

請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  抗弁1(本件第一契約及び本件第二契約の締結)について

《証拠省略》を総合すれば、抗弁1の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  抗弁2の事実(日東交易の代理権)について

1《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  日東交易は、昭和五九年四月、藤井が訴外丸紅エネルギー株式会社(変更前の商号・丸紅石油株式会社。以下「丸紅」という。)を退社して日東交易の代表取締役に就任してから、石油製品の売買、仲介等を営むようになり、その頃から原告とも取引を開始した。しかし、当初三ケ月間は、原告が日東交易から石油製品を仕入れて、第三者に売却する形態であった。

(二)  日東交易は、昭和五九年八月、原告から軽油以外の石油製品(以下「他製品」という。)を買い受け、それを大手石油会社に販売し、同社から受領する約束手形で原告に対する代金を決済するという取引を開始した。当時、原告内部で承認された日東交易に対する与信限度額は二億円(素貸一億円、回り手形一億円)であり、少なくとも同年一一月までは、日東交易は、右限度額の枠内で、毎月重油約二〇〇〇キロリットル(代金九〇〇〇万円強)を原告から購入する取引を行なっていた。

(三)  日東交易は、同年八月頃から訴外関西オイル販売株式会社(以下「関西オイル」という。)に対し、他製品の販売を開始していたところ、同社社長森俊雄(以下「森」という。)の強い要請を受け、当初二月頃の売却量は月約一万キロリットル、代金約五億円であったが、次第に同社に対する販売量を増加し、その売却額は、同年一〇月には約一四億円、同年一一月には約一九億円、同年一二月には約二八億円となった。この取引において、日東交易の仕入先は東京貿易株式会社、飛栄産業株式会社、サンワ物産株式会社が中心であり、現実には藤井が商品の供給元を探したうえ、その供給元から右東京貿易他二社への売渡し、右三社から日東交易への売渡しの合意をとりまとめ、受渡業務も代行するという形をとっていた。そして、藤井は、同年一〇月から一一月にかけて、東京貿易の日東交易に対する与信枠を一六億円に拡大させるため、東京貿易に対し、関西オイルもしくは森の提供する不動産に担保設定を申し入れ、担当者から内諾を得ていたため、同年一二月には、商品供給元との間で東京貿易を買主として代金一六億円分に相当する買付を成約させ、日東交易がこれを東京貿易から買付けたものとして、受渡業務も進めていた。

ところが、右一六億円分の商品の大半について受渡業務が終わった同年一二月下旬ころ、東京貿易から、日東交易に対する与信拡大ができず、右一六億円分の商品のうち灯油約八七〇〇キロリットル、代金約四億七〇〇〇万円の分については日東交易へ販売できないとの連絡がなされたため、藤井は急遽東京貿易と日東交易との間に介入する第三者(東京貿易が販売先となし得る信用ある会社)を探すことが必要となり、同月中に、原告の和田に依頼し、その承諾を得た。

右承諾に基づき、同月一二月中に、原告は東京貿易から、日東交易は原告から、それぞれ前記灯油約八七〇〇キロリットルを購入する契約が成立し(したがって、日東交易作成の買約書は、同社と原告との取引の慣例(《証拠省略》によりこの事実が認められる。)に従い、同年一二月一日付となっている。これに対し、前記した日東交易と原告との右慣例によれば、原告作成の売買契約書は同年一二月末日付となるべきところ、契約年月日欄はいずれも空欄である。)、東京貿易から原告への支払請求は、翌六〇年一月一〇日付でなされ、日東交易ら原告への代金支払は、六〇年一月一六日と同月二二日に現金振込みの方法でなされ、原告から東京貿易への支払は同年二月二八日までに行われた。

(四)  日東交易は、関西オイルに対し、昭和六〇年一月中も約五万キロリットルという多量の他製品を販売することを予定していたところ、従前関西オイルへ売却する石油製品の第三者からの名義上の買主であった飛栄産業、東京貿易が日東交易への売却を拒否したため、第三者からの名義上の買主となってくれる業者を確保する必要に迫られた。藤井は、昭和五九年一二月末頃、和田に対し、右事情を説明し、売買代金は二月二五日までに入金することを約したうえ、昭和六〇年一月分として約五万キロリットルの枠内で、原告が仕入先からの名義上の買主となることの事前の承諾を得た。

(五)  このようにして、昭和六〇年一月以降同年四月中旬まで、原告は、日東交易に対する社内の与信限度枠を超過して、日東交易への石油製品の販売を行なったが、その態様は、次のとおりであった。

(1) まず、和田は藤井との間で各月の初めまでに、予め、原告が当該月に他から仕入れて日東交易に売却することができる他製品の取扱数量を取り決めた。

すなわち、二月分については六万キロリットル、三月分については一〇万キロリットル、四月分についても一〇万キロリットルと予め決定されていた。

(2) 日東交易は、右数量の限度内で、関西オイルから油種、数量、受渡場所、単価等を指定されて発注があると、適宜、右条件に合致する(ただし、代金は、原告と日東交易のマージンを控除した額)他製品を有する原告の仕入先となる他業者を探し、原告が買主であることを示して製品を仕入れることが認められており、このように原告名義で購入した右製品を日東交易が買い受けて、関西オイルに転売した。

このように仕入先・原告間の売買契約が成立すると、それと同時に、原告・日東交易間、日東交易・関西オイル間の売買契約が成立する。そして、仕入先・原告間の契約内容と原告・日東交易間の契約内容は、後者の方が原告のマージン(キロリットル当たり一〇〇円又は二〇〇円)が加算される分だけ代金額が高い点と、代金の支払時期、方法が異なる点を除いては同一であり、油種、数量、受渡日時、単価等は、原告の承諾を得なくても日東交易が自由に決定できることとされていた。

(3) 契約成立後の製品の受渡業務(いわゆるデリバリー)は、日東交易が原告を代行して行なった。

(4) 日東交易は、報告が遅れたこともあったものの、基本的には仕入先との契約が成立した都度、遅滞なく原告に対し、仕入先、油種、数量、仕入単価、出荷地を電話等により報告して、仕入先から原告に取引確認の電話が入った場合に備えた。

(5) 日東交易は、各月分の取引に関し、月末にディールナンバー(成約番号)、油種、数量及び単価を記載した書面(以下「取引明細」という。)を作成したほか、受渡しの有無及び受渡数量を確認した後、ディールナンバー、受渡日、油種、受渡数量、積地、船名、船会社を整理して記載した書面(以下「デリバリー明細」という。)を作成し、右両書面を翌月初旬頃に原告に交付していた。

また、日東交易は、右両書面を交付する頃、個別取引に関する書類(売買契約書、請求書、納品書、納品受領書等)をまとめて原告に手交していた。

このような書面交付により、原告において取引内容について照合できるところであるが、昭和六〇年四月末に至るまで、原告から各取引への関与を否定されたことはなかった。

(6) このような形態の取引により、原告が日東交易に売却した他製品は、昭和六〇年一月が約五万キロリットル、同二月が六万三〇〇〇キロリットル(代金約三三億円強)、同年三月が九万四〇〇〇キロリットル(代金約五四億円強)、同年四月(同月一七日までの引渡し分)が七万キロリットル(代金約四〇億円弱)にのぼった。

(7) 右代金の支払は遅れがちであり、昭和六〇年一月分については同年三月一〇日までに完済し、また、同年二月分については、約定の支払日である同年三月二五日現在一五億三四四八万円の未済分があったところ、同月二七日四億円、同月二八日一一億三四四七万八五六七円の支払をして完済した。しかし、同年三月分及び四月分については、同年四月一二日頃に一一億五〇〇〇万円、同年八月二三日に二七二万五〇〇〇円、同年九月三〇日に一〇〇〇万円、翌六一年一月二二日に一四〇〇万円を支払ったのみで、その余の支払をしていない。

(8) なお、昭和六〇年三月及び四月分については、取扱量が多かったため、藤井は、日東交易側のみでこれだけの他製品の仕入先を探すことは困難であると判断し、原告にも集荷の協力方の依頼をしていた。この結果、日東交易が同年三月ないし四月に関西オイルへ売却した他製品のうち、二ないし三割は、日東交易側が関与することなく、原告において独自に仕入れたものであった。

(六)  日東交易では、取扱量が多くなるにつれ、日当交易と同じ部屋に営業所を有するエンターに油種、数量、引渡場所、予定価格等を指定した上での、原告名義での仕入の仲介を依頼するようになり、それを受けてエンターでは、金商又一株式会社、新東亜交易株式会社、三井物産株式会社等を仕入先とする石油製品の仕入れの仲介をした。原、被告間の本件第一契約及び本件第二契約も、いずれも、その例によるものの一つである。

なお、原、被告間には昭和五九年一〇月までは、灯油又はA重油の取引があり、原告が売主、被告が買主の場合もあったが、多くは、原告が買主、被告が売主とする取引であった。

(七)  昭和六〇年三月八日頃、小室は、小林に電話し、同契約で売り渡したC重油のうち一〇〇〇キロリットルの受渡しに関し、油種、数量及び受渡場所を告げ、原告にC重油を売らせてもらっていることの確認を求めたところ、同人から「結構です。」との返答を得た。

(八)  日東交易は、同年四月上旬、原告に対し、本件C重油の取引を含む同年三月分の枠外取引について取引明細及びデリバリー明細を送付した。

(九)  更に、小室は、昭和六〇年四月三日頃、同年三月中の取引分の請求をするに先立ち、再度小林に電話し、本件各契約について、品名、船積数量、引取日、船積場所及び価格等を確認し、その了承を得た。

(一〇)  そこで、被告は、同月一一日頃、原告に対し、本件各契約に関する請求書、納品書及び物品受領書の綴り並びに売買約定書を送付したが、これを受領した原告は被告に何ら異議を述べなかった。

(一一)  ところで、日東交易からの入金が当初の藤井の約束にかかわらず遅れがちであったので、原告は、昭和六〇年四月一一日頃、日東交易に対し、三月分の枠外取引について、原告の仕入先に対する支払日(手形振出もしくは銀行振込の日)ごとに支払先と金額を整理し、これに対応して日東交易が原告に入金をなすべき時期も明記した一覧表(以下「支払一覧表」という。)を交付し、入金日の遵守を促した。右一覧表には、被告への支払額として本件各契約の売買代金合計額も記載されていた。

(一二)  昭和六〇年四月一六日頃、関西オイルが倒産したことに伴い、日東交易から原告への代金の支払が困難となったため、原告は、枠外取引のうち、未だ日東交易から入金のない取引(二月受渡分の一部、三月及び四月受渡分)について仕入先への支払を停止したうえ、自己の日東交易に対する債権を保全するため、同月二二日、「同日現在日東交易が関西オイルに対し有する灯油、重油等の売掛代金」債権を全額譲渡する旨の通知書を藤井に作成させるとともに、原告を債権者、日東交易を債務者、関西オイルを所有者とし、昭和六〇年三月中の売掛債権を請求債権とした不動産競売(松山地方裁判所西条支部昭和六〇年(ケ)第三三号)を申し立てた。

しかし、原告は、同年四月三〇日に至り仕入先である他業者各社に対し売掛代金債権の不存在確認訴訟を多数提起し、その後合意解約を理由として、藤井に前記債権譲渡通知の撤回届を作成させた。

(一三)  なお、原告は、昭和六〇年二月受渡分の一部についても代金支払を拒絶しているところ、同月受渡分については、三月二五日、日東交易からの入金前に、同年二月受渡分の取引について日東交易に対する約一七億円の売掛とこれに対応する買掛を原告内部のコンピューターに入力し会計処理を行なっていた。

また、右取引のうち約一五億四〇〇〇万円について、鎌田は、同年四月上旬やはり日東交易からの入金前に、決済条件として同月一二日に現金で支払う旨の記載のある同年二月二八日付け売買契約書を藤井に交付していた。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

2 右認定に反する証拠を排斥するに至った理由を説明すると、以下のとおりである。

小室からの二回の電話確認の事実(1(七)及び(九))について、鎌田証人及び小林証人は、これを否定する趣旨の供述をしている。

しかし、右認定に沿う小室証言が存するうえ、石油製品の業転取引においては、成約後間もなく商品引渡しが行われることから、成約の都度予め契約書を作成することが困難であるため、電話による意思確認が重要であるところ、昭和六〇年三月当時には、被告ガス石油部と原告燃料部燃料第二課との間には継続的な取引が切れていたこと(右事実は小林証人も認めるところである。)及び本件取引が従前、原、被告で扱われていた灯油及びA重油でなかったことから、商社員である小室が契約の履行に先立ち、買主である原告に確認を取ることなく漫然商品を出荷させることは異例であると考えられること、また、小室証人は、本件のような石油取引において月末に当該月の取引を締めて、最終的な積数量を買主に確認することを必ず行なっていたと証言しており、石油取引においては当初の契約数量と船積数量とで相違が出ることは避けられないことから、代金額を確定するためにかかる最終的な確認が必要であることもうなずけるところであること、原告は、昭和六〇年四月一〇日頃、被告からの請求書の送付を受けながら異議を述べず(1(一〇))、かえって原告が同じ頃日東交易に交付した入金予定表(乙第二五号証の一、二)には、本件各契約の合計代金額が明確に記載されていること(1(一一))、小林証人は、昭和六〇年三月下旬に小室から「日東交易の藤井社長からの話であるがC重油二〇〇〇キロリットルを原告は被告から仕入れることができるだろうか。」旨の問合わせを受けたものの、明確に返答することのないまま話が立消えになってしまった旨の供述をしているが、かかる具体的な問合せがありながら話が立ち消えになるということは不自然であること等を総合すれば、前記鎌田及び小林の供述は措信することができない。

次に、和田証人及び鎌田証人は、本件及び別件訴訟において、昭和六〇年一月以降枠外取引が行なわれた事実は認めるものの、和田が藤井との間で各月の初めまでに予め当該月の取扱数量を合意し、その枠内で日東交易が原告名義で買い受けることを承諾した事実(1(五)(1)、(2))は否定し、右枠外取引は原告の主張する現金入金後事後介入取引である旨の供述をしており、前掲森の陳述書及び上申書にも同趣旨の記載部分がある。

しかしながら、これらの供述等には以下のような疑問点が存する。

第一に、現金入金後事後介入取引なる取引形態は実際にはほとんど取り得ないものであると解される点である。すなわち、日東交易が現金を用意できるのであれば仕入先との間で直接現金取引を行なうことが可能であり、あえてマージンを支払ってまで原告に介入を依頼する必要はない。もっとも、仮に、仕入先が与信取引、現金取引を問わず、およそ日東交易には商品を販売しないという立場をとるならば、右の理由は成り立たないが、その場合仕入先は原告の介入を確認しない限り商品を出荷しないであろうから、原告が商品の受渡後に「事後的に」介入するということもあり得ないと思われる。

証人藤井も、小室もこの点は否認している。

第二に、原告が現金入金後事後介入取引であるとして支払を拒絶している昭和六〇年二月受渡分の取引に関し、原告は、日東交易からの入金がある前に、日東交易に対する売掛とこれに対応する買掛の入力を行ない、また契約書の作成を行なうなど、契約が成立したことを前提とした作業を行なっていた点(1(一一)、(一三))である。これらの事実に照らすと、原告では、入金前においても、契約が成立したことを前提としていたことは明らかといわねばならない。

これらの作業に関し、鎌田証人は別件で、会計処理について入力ミスであった旨、契約書について契約締結の準備行為であった旨それぞれ供述しているが、行為に及んだ理由の説明として説得力のあるものではなく、いずれも措信することができない。

第三に、原告は、日東交易の事実上の倒産に際し、自己の日東交易に対する売掛金の存在を前提としたうえで、その回収に努めていた点(1(一二))である。原告は、日東交易の関西オイルへの債権を一旦譲り受けたものの、その後債権譲渡通知を撤回させたが、このことは、入金前においても契約が成立していることをうかがわせるものというべきである。

第四に、《証拠省略》によると、原告の担当者である小林は、現金入金後事後介入であることは当時は知らなかったことが認められ(右認定に反する証拠はない。)、これによると原告社内において、当時から現金入金後でなければ契約成立しないとする取扱いであったとすることには疑問がある点である。

第五に、《証拠省略》によれば、日東交易が事実上支払不能に陥った昭和六〇年四月一九日頃、和田は、現金入金のされていない同年三月及び四月分取引について、物品受領書を持参して、チェックを依頼し、取引内容を確認したことが認められ(右認定に反する証拠はない。)、これによると、和田も、現金入金前でも契約が成立していることを認めていたともいえる点である。

以上の諸点に照らすと、現金入金後事後介入取引という構成は、原告石油燃料部が社内の与信限度枠に違反して多額の介入取引を行なった事実を糊塗するための論理であるにすぎないというべきであり、前記各供述、記載部分はいずれも措信することができない。

3 右認定によれば、原告の和田燃料部長は、昭和六〇年二月末頃、日東交易が原告の名において同年三月中に約一〇万キロリットルの範囲内で仕入先と売買契約を締結することを予め承諾していたうえ、右の範囲内で日東交易が締結した本件各契約について原告の燃料部燃料第二課の小林が異議なく電話確認を受けていたものであるから、日東交易が本件各契約について原告を代理する権限を有していたことは明らかである。

なお、本件枠外取引において藤井は和田に対し、当初製品受渡しのなされた月の翌月二五日までに売買代金を入金することを約束していたところ、日東交易はこれに反し昭和六〇年三月受渡分については所定の入金をしていないものであるが、前認定の事実によれば、右約束は原告の社内処理上与信限度枠の超過の事実を顕在化させないためのものであり、日東交易の代理権を制限するものではないというべきであるから、売買代金の入金がなかったという事実をもって日東交易の行為が無権代理となるものではない。

四  《証拠省略》によれば、抗弁3の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

五  再抗弁、再々抗弁(契約目的物の引渡し)について

本件第一契約及び本件第二契約に基づくC重油の引渡しがあるまで、原告において支払を拒絶することができるところ、《証拠省略》によれば、再々抗弁の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

六  そうすると、本件第一契約及び本件第二契約の成立並びにそれらの契約に基づく目的物の引渡しが認められるから原告の本訴請求は理由がない。

第二反訴請求について

一  反訴請求原因1の事実(本訴抗弁1ないし4に同じ。)については、第一において判断したとおりこれを認めることができる。

二  反訴請求原因2の事実は、《証拠省略》により認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三  反訴抗弁及び同再抗弁に対する判断は、第一において示したとおりであり、被告の右再抗弁に理由がある。

四  そうすると、原告に対し、本件代金債権及びこれに対する弁済期の翌日以降完済までの約定遅延損害金の支払を求める被告の請求は理由がある。

第三結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 三代川三千代 裁判官太田晃詳は転補につき署名捺印できない。裁判長裁判官 田中康久)

<以下省略>

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